「ひとともり」という屋号で建築家としてホテルなどの設計にも数多く携わり、自身の手がける「宿 一灯」の宿主でもある長坂純明さんによるホテル紹介連載。「ライフスタイルホテルとホテルライクな住まいの狭間でホテルをどう設計するか」という視点で、全6回、国内外のホテルに関するコラムを執筆していただきます。6回目は、自身が設計を担当したという奈良の新しいホテル「たゆら」について。

最後のコラムとなりました。私たちが設計を担当したホテル「たゆら」は、今回私がサブテーマとして設けた「ホテルと住宅の違い」をちょうど表しているので、最後に紹介したいと思います。

奈良町元林院エリアはかつて花街として栄えたエリアで、現在も規模を縮小し芸妓さんのおられる花街として存続している。そこにあったピンサロビル(その昔は旅館であった)をリノベーションし、2室だけのブティックホテル「たゆら」としてスタートする。
建物から見える景色は歴史的な寺社仏閣のようなステレオタイプの奈良が見えるわけではないのだが、錆びた波板や湿っぽい風景はある種の美しさを持ったもう一つの奈良の景色として捉えられると日頃から感じている。

ホテルのブランディングを考えた時に、奈良にはホッコリ派、自然派、歴史派のホテルは存在するが、エッジの効いたホテルは一つも見当たらず、ある種の美意識を持った人たちを満足させるものがない。湿っぽい風景をネガティブではなくポジティブに転換するホテルができれば、求めているエッジの効いたホテルが実現すると確信して設計を進めた。

ホテルはチャレンジである。ここではピンサロのピンクをフィーチャーし、ほとんどの床壁の仕上げをピンク色にした(壁はピンク色のパテ仕上げ、床はモルタルにピンク色の色粉を混入)。ピンクという言葉はネガティブな印象もあるが、それをポジティブに転換するために薄い綺麗なピンク色の仕上げとした。そのような思考はホテルという商業空間では一般的だが、住宅ではほとんどない。

そして、キッチンとダイニングテーブルがあることで、ゲストの自宅へのリファレンスとなれば良いと考えた。1タイプのキッチンはテラス向き、もう1タイプはアイランドタイプで食卓との美しい関係を模索した。洗面台などの水周りはキッチン付きにしたり、極細ミラーなどを設けたりチャレンジをしている。

特に風呂の在り方は両部屋ともかなりチャレンジングで、テラスに腰掛けられるフルオープンの風呂と、バルコニーに風呂が置かれているような錯覚に陥るよう企てている。建築、家具、備品などは作りすぎず、新し過ぎない。湿っぽい、色気、をテーマにcredenzaの堀さんをアサインし、コラボレーションして出来上がった唯一無二の空間となった。
手前味噌ではあるけど、極東アジアの片隅にある最もイケてるホテルの一つになったと自負しているし、ここに住んだらとても良いだろうな、とも思う。

「たゆら」。ここはホテルだけど、住むこともできる空間。
ホテルはチャレンジ、家は巣。この二つを行ったり来たりしながら、これからもホテルと住宅の違いは何なのかを探求し続けたい。

追記
最後に、この「たゆら」をバワが見たら、なんと評価してくれるのだろうか。
(photo Hiroki Kawata)






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