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香林居の魅力は、不完全さ。
ひとともり株式会社代表取締役
長坂純明

「ひとともり」という屋号で建築家としてホテルなどの設計にも数多く携わり、自身の手がける「宿 一灯」の宿主でもある長坂純明さんによるホテル紹介連載。「ライフスタイルホテルとホテルライクな住まいの狭間でホテルをどう設計するか」という視点で、全6回、国内外のホテルに関するコラムを執筆していただきます。5回目は、自身が設計を手がけた金沢のブティックホテル「香林居」について。

金沢のブティックホテル「香林居」。このホテルの内外装設計に携わった立場から、改めてその魅力を振り返ってみたい。

プロジェクトには、西松建設(施工・クライアント)、サン・アド(プロデュース)、水星(運営)、ユウプラス(設計)、スクロ(スタイリング)、そして私たちひとともりが内外装デザインを担当するかたちで参加した。私たちが加わった当初、計画は36室のビジネスホテルだったが、「処方」というキーワードのもと、18室のブティックホテルへと大胆に変更されるタイミングだった。


少ない室数で高単価を実現する。ただし、工事費はそのままだと。私達は手品師ではない(笑)と反応した。

この条件の中で、僕らがたどり着いたのは「ゲストが感じる質には順番がある」という考え方だ。まずロゴやサインなど、香林居の世界観が細部にまで染み込んでいること。そして次に、シーツやグラス、スリッパといった手触りの良さ。そこに美しい光の演出があり、建築空間としての佇まいがある。最後にようやく、素材そのものの質が効いてくる。要するに建築にお金はかけず、順番を意識したお金の使い方をチームに共有した。

たとえば客室の床はモルタルでいい。だけど、その分スリッパは高級なものを置いてほしいとお願いした。もし100室のホテルなら成立しない考えかもしれない。でも18室なら、きっと共感してくれるゲストがいると信じた。そしてチーム全体に、「絶対にふかふかのカーペットを敷きたいと言わない」と覚悟を決められるかと迫り、まだ見ぬ世界を皆で目指すことになった。


サン・アドの明快なディレクション、水星の体験に満ちたそして奇抜なアイデア、それを受け止める西松建設の柔軟さ、ユウプラスの設計力、SKLOのスタイリングセンス。そして僕たちの「予定不調和」という手法──それぞれのクリエイターが自由にデザインし、それを一つの空間にまとめあげること。各々の個性が混ざり合い醸成し香林居の個性が立ち上がったのだと思う。

香林居を通して、僕たちは一つの視点を得た。それは、ホテルはチャレンジする場所であることが大切だということ。それはきっと不完全なものになるだろう。その荒削りなアティチュードが良い。そして、ゲストがそのチャレンジから何かを持ち帰り、自分の家に活かせるなら、それが“魅力”になるのではないか。

ホテルは、家とは違う。

でも、行き来できる存在。

香林居は、その間の絶妙なところに浮遊し、魅力となっている。

長坂純明
長坂純明
ひとともり株式会社代表取締役
1970年生まれ。「生活のデザイン」を掲げ、奈良町にひとともり奈良本店(一組限定の宿「宿一灯」、ビーガン足湯カフェ「生姜足湯休憩所」、設計事務所「ひとともり一級建築士事務所」)を構える。ひとともり一級設計事務所ではプロダクトデザインや小さな飲食店から300室の海外ホテルなどの大型建築の設計まで、規模や場所を問わず幅広い活動を行なっている。代表作に「香林居(2022)グッドデザイン賞受賞」「中国菜奈良町 枸杞(2022)」「青山の家(2022)」など。