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「営み」に宿泊するということ。
ひとともり株式会社代表取締役
長坂純明

「ひとともり」という屋号で建築家としてホテルなどの設計にも数多く携わり、自身の手がける「宿 一灯」の宿主でもある長坂純明さんによるホテル紹介連載。「ライフスタイルホテルとホテルライクな住まいの狭間でホテルをどう設計するか」という視点で、全6回、国内外のホテルに関するコラムを執筆していただきます。3回目は、石川県奥能登にある“至らない尽くせない宿”として有名な「湯宿さか本」での体験について。

2021年4月、私は石川県奥能登の「湯宿さか本」に宿泊した。細い田舎道を車で進むと現れる木造の建物が、まるで昔からそこにあったかのような佇まいを見せている。玄関前には藍染の暖簾が掛かり、特にお迎えがあるわけでもなく、玄関ドアを開けると最低限の挨拶で迎え入れられた。

宿の内部は、長持の上に花が生けられ、大きな手水に緑が浮かんでおり、銅鐸のベルが見える。廊下は板張りで漆塗りの仕上げが施されており、窓からの自然光が美しく映り込む。スリッパはなく、洗面所は廊下に吹き曝しで、お湯も出ないが、潔く清らかな印象。冬はさぞかし寒いのだろう。

お風呂も漆塗りのバスタブで、周囲の緑が水面に映り込んでいる。静謐な雰囲気の中で深く沁み入るような体験。さらに夕食は最高で、小さく簡素ではあるが、本物の器に盛られた素材そのものの美味しさに感謝した。朝は4時ごろ、床下にいる鶏がコケコッコーと鳴く。窓の外を見ると既に庭仕事をしている人がいる。こうした日常の営みが、ただある。

この宿では、宿の人と深く会話を交わすわけではない。「至らない尽くせない宿」と説明している通り、ここには過度なサービスはない。なのに感動している自分が居る。

これは一体何だったのだろうか。


受動的なサービスを受けても自分自身得るものは何もないのではないか。そうではなく人は能動的に自分の内面との対話をした時に初めてクリエイティブが生まれるのではないか。そしてその時、建築や設えはその背景として、謙虚で、本質的でなければならないのではないか。

私は営みに宿泊した。

「湯宿さか本」には絶対にライフスタイルホテルという言葉は使いたくない。という何と戦っているのかわからない自分がいる。

長坂純明
長坂純明
ひとともり株式会社代表取締役
1970年生まれ。「生活のデザイン」を掲げ、奈良町にひとともり奈良本店(一組限定の宿「宿一灯」、ビーガン足湯カフェ「生姜足湯休憩所」、設計事務所「ひとともり一級建築士事務所」)を構える。ひとともり一級設計事務所ではプロダクトデザインや小さな飲食店から300室の海外ホテルなどの大型建築の設計まで、規模や場所を問わず幅広い活動を行なっている。代表作に「香林居(2022)グッドデザイン賞受賞」「中国菜奈良町 枸杞(2022)」「青山の家(2022)」など。