「ひとともり」という屋号で建築家としてホテルなどの設計にも数多く携わり、自身の手がける「宿 一灯」の宿主でもある長坂純明さんによるホテル紹介連載。「ライフスタイルホテルとホテルライクな住まいの狭間でホテルをどう設計するか」という視点で、全6回、国内外のホテルに関するコラムを執筆していただきます。第一回目は、ライルスタイルホテルの金字塔ともいえる「Ace Hotel Portland」について。
「ひとともり」を始める1年前の2018年に、家族で「Ace Hotel Portland」に宿泊した。それまで26年勤めた大きな組織を卒業し、これからは家族各々が自分の足で立って生きていこうとした時、皆の自分探しの旅としてポートランドの地を選んだ。その象徴がエースホテルだった。
「Ace Hotel Portland」は90年前のホテルをリノベーションし、ポートランドのアイコン的存在になっている。ご存知の方も多いので、ここでは全くの私感を。
まずは有名なソファのあるラウンジ。ここには一体になるソファが離されて配置されている。空間としては一体だけど、離されることで各々が好きなことをしてても一切気にならない絶妙な距離感を保っている。クタッとしたルーズなソファも相まってホテルのラウンジとしてのハードルが低すぎるのがとても良い。
既存のモザイクタイルの床、木パネルでオーセンティックなインテリアに、レンタル自転車が2台置いてある。建築の内外がめちゃくちゃに入り混じる。その奥に申し訳程度のフロント。普段着の地元の女性が気さくに喋りかけてきて、チェックイン手続きをする。下手くそな英語でのコミュニケーションこそが子供達への最大の刺激。
共用部は90年前の建物の上からペンキを塗って整えただけ。エレベーターも当時のものを使っていたし、廊下のくたびれたカーペットの歩行感も建物の古さを感じさせて雰囲気が出ている。
客室も良かった。私達家族は私と息子(当時13歳)と妻と娘(当時18歳)の2部屋にわかれた。ベッド配置が秀逸(変なのが良かった)で、洗面器の位置とあり方に大いに感銘を受けた。そして何より記憶に残っているのが、音の悪いラジカセから流れる地元FMの音楽と、ゴアゴアのブランケットだった。(これが好きという意味ではなくポートランドを感じたという意味。)
その土地を訪れた人にその土地が持つ雰囲気や人間性の魅力を“演出することなく”自然に伝えることや体験できるのが重要で、「Ace Hotel Portland」はそんなことを独立前の私に教えてくれた。それは、ホテルとしてだけでなく、自身の振る舞いにクロスオーバーし、確実にひとともりの設計する空間のアトモスフェアの一端になっていると思っている。
話が逸れるが、近くのレストランMAURICEがとても良かった。