記憶に残るホテルや、旅先での体験、お土産、忘れられない味などなど・・・。旅にまつわるさまざまな思い出をほぼ毎日更新。本日は、和菓子作家 / ディレクターの小島直子による、思い出に残る旅のひと皿について。
長野・松本の町に、昭和初期の古屋を丁寧に修復して営まれている宿「金宇館」がある。その朝、そこでいただいた朝食は、今も鮮やかに記憶に残っている。明治時代の漆器に盛られた、里山の恵み。ひとつひとつが丁寧に手をかけられた小さなおかずたち。艶やかに炊きあがった白米。朱の漆器が整然と並ぶその朝の食卓は、まるで祝いの日のように心が浮き立ち、ただの「朝食」が、特別な儀式のように感じられた。普段なら食べきれないことも多い旅館の朝食なのに、その日は思わず白米をおかわりしていた。
この宿には、華美な料理も、贅沢なサービスも、絶景もない。けれど、館のあちらこちらにはさりげなく季節の花が活けられ、古道具と並んで松本の作家による現代の工芸品が静かに息づいている。日本の、控えめでありながら凛とした美しさ。時の積み重ねとともに、静かに磨かれた品格がそこにあった。
質素であることが、こんなにも豊かで、満ち足りた気持ちにさせてくれるなんて。「日本人で良かったなあ」と、心の奥からじんわりと思えた朝だった。
朝食の風景
干し柿のある朝食の空間。11月に訪れたため、松本の町中に干し柿が吊り下げられていた
提供される食器にも美意識が宿る