日々さまざまな場所を旅しているクリエイターの方々に、普段の“旅事情“について聞くインタビュー企画。これからの旅行のきっかけやヒントになるような、旅にまつわるあれこれを伺います。

今回登場するのは、これまでホテルや商業施設など錚々たるブランドのデザインなどを手がけてきたグラフィックデザイナーの原研哉さん。コロナ禍には自身のメディア「低空飛行」を立ち上げ、国内のホテルや観光地について紹介を続けている原さんですが、どのような視点で旅先を見ているのか、また、観光の未来にどのような希望を持っているのか、お話を伺いました。

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——「低空飛行」が大好きで、いつも拝見しているのですが、訪れている宿や旅先はどのような視点で選んでいるのでしょうか？

今まで行ったことがあるところの中から、もう一度行ってみたいと思う場所に行くことが多いですね。秋田県・乳頭温泉郷の「鶴の湯」も、昔から何度も訪れた宿です。それから、ロケーションが優れていて間違いのない場所。たとえば、五島列島なんて地勢からしても絶対に水が綺麗だし、温暖で人も少ない、いい場所だろうと。ホテル「Entô」のある隠岐諸島なんかも、南西諸島とチェジュ島の間にあるのだからいい場所に間違いないだろうと。スタッフにいい場所を教えてもらって選んだりもしています。

——最近で記憶に残っている旅の体験はありますか。

宿ではないんですが、白神マタギツアーでしょうか。白神山地は青森と秋田にまたがる、自然が濃くて入りづらい場所ですが、そこで「白神マタギ舎」という会社を作って現地のガイドをやっている方がいるんです。その方に山を案内してもらったのですが、途中で沢を歩いたり、焚き火をしてご飯を食べたりしながら、ひたすら獣道を歩くんですね。地下足袋を履いて、ひんやりした渓流の中を歩くと、森の中にいるんだという感覚が染み渡ってくる。自然に分け入るといえば、以前ガラパゴス諸島に行ったことがあるんですが、こちらはクルーザーで現地へ行くので、船に戻ったらワインもあるしシャワーもある。でも、白神の場合は、完全に自然のなかに没入する経験として、すごく面白かったですね。

あとは（京都の丹後地方にある）伊根の舟屋。舟屋というのは海に面した船の格納庫兼道具置き場のような場所のことです。伊根の特徴は、海の干満の差が30cmしかないこと。干満の差って実は一定ではなく、地形や海流の影響で土地によって全く違う。一番大きなところだと有明の方では6メートル近くも差があるそうで、だからこそ広大な有明湾の干潟ができるわけです。でも、伊根ではほとんど干満の差がない。だから、舟屋のスロープに船を引き上げて、出し入れするような生活様式が生まれたそうです。とてものどかな地域で、まどろんでいるような平穏な海でした。そんな伊根に夫婦で切り盛りをしている宿があって、そこはとても感じが良かったですね。

——「低空飛行」を見ていると、宿の主人のお話などもよく出てきます。原さんは宿を営む人の美意識まで含めて旅を楽しんでいる印象があります。

旅館というのは、宿の女将やご主人がその印象をほぼ決めていると思います。宿の主人がどんな人かというのが、旅館のイメージとほぼイコールなんです。ご主人たちがその思いを次の世代にうまく渡していくことができるかというのが旅館の課題でもありますが、それがうまくいっているところは非常に面白いと思います。

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——原さんがデザインを手掛けられた宿についてもお話を伺ってみたいのですが、まず石川県加賀市にある「べにや無何有」。以前泊まらせていただいたことがありまして、ここの滞在に匹敵する宿はなかなかないだろうと感じました。

空間も素晴らしいし、酒のソムリエもいて、ペアリングも抜群にいい。料理も美味しいし、ああいうところはなかなかないですね。先代の頃は7階建のRC造の、いわゆる加賀の観光ホテルといった風情の宿だったそうです。そんな中、オーナーが1996年に竹山聖さんという建築家と一緒に4室のリニューアルを始めて、その後に全室リノベーションするとともに、新しい建物を建てて「無何有棟」と名付け、僕がその時に竹山さんから依頼されてロゴをつくりました。その後も、いつも新しいことをやるたびにサインデザインの更新など頼まれるんですが、僕はあまり触らない方がいいんじゃないかと思っているので、この場所が持つ良さが壊れない程度にデザインをさせてもらっています。この場所を通じて僕は旅館というものを学ばせていただいている、特別な旅館ですね。

——鹿児島にある茅葺きの温泉宿｢忘れの里雅叙苑｣にも行かせていただいたことがあります。

茅葺きの宿の先駆けでもある田島健夫さんという方が手掛けていて、茅葺きの古民家を移築してつくられています。石をくり抜いてつくったお風呂があったり、日本初の客室露天風呂があったりと、びっくりするくらいのエネルギーをかけている場所で、自然がそこに満ちてくる感じがするんです。「にわとり牧場」という自家養鶏場も近くにあるのですが、それとは別に敷地内をペットの鶏が自由に歩き回っていたり、人が集まる囲炉裏があったり、生垣に漬物用の野菜が干されていたりして、そういう風景は決してスタイリングでは生まれないし、自然というものが満ちていく感覚をわかっている人がやっているからこその景色です。そういう点でも、他にはない宿だと思います。

——原さんは普段、宿のお仕事とどのような思いで向き合っているのでしょうか。

「べにや無何有」も｢雅叙苑｣も、まずはウェブサイトのお手伝いをしているんですね。せっかくいい場所があるのに、それがきちんと世界とつながっていないことは問題ですから、ロゴを整理したり、サイトをつくったりして、魅力をしっかり伝えていく。｢忘れの里雅叙苑｣の田島さんは食材に対する感覚が野生的で素晴らしく、そういうことが伝わるようにしたいと考えていました。でも、やっぱり僕らの方がそこから勉強させていただいている方が多いと思います。

——宿をつくるなかで、具体的にどういう学びがありましたか？

たとえば、自然の扱い方ですかね。｢雅叙苑｣では、植栽ひとつとっても、どかっと自然が配置されていて、配置するというよりもそこに育ってきた感じがするんです。僕はデザインをする上で「なる」ということを大事にしていて、それはなにかを捏造するんじゃなくて、必然性の上でできあがるというか、英語で言うと「BECOMING」でしょうか、「なってきた」という感覚。「べにや無何有」には中庭があって、自然の雑木林なんですが、そこに少し手を加えていくことで自然がさらに満ちてくるというか、そういう感覚はこれらの宿に携わらせていただくなかで学んできましたね。

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——原さんが関わっていたり、旅先としてあがる場所には旅館が多い印象があるのですが、旅館とホテルとでは、どのような違いを感じますか？

もちろんどちらも素晴らしい存在ですが、ホテルというと、自然と対峙するというか、自然の中に建築が屹立して、眺めのいい場所で景色を楽しめる良さがあります。一方で、旅館というのはまるでそこに存在しないかのように慎ましい、だけど旅館があることでその土地の風土を楽しむことができるような雰囲気だと思います。ホテルは緻密に作り上げられたサービスの装置だけど、旅館はそこに住み続けている人たちの歴史の所産であり、そこに素晴らしさがありますね。たとえば、湯河原の「石葉」もそうだし、修善寺の名旅館「あさば」なんかも、唯一無二の存在として土地に根付いている。

——私の場合、ホテルは旅人を招く「舞台装置」のような存在だと思っていて、旅館はあくまで暮らしの場であり、誰かの日常のなかに客人が招かれているような感じがするんです。

日本の旅館という存在は世界を見渡してもどこにもない独創的な文化だと思います。日本くらいじゃないですかね、個別の文化のなかに根ざしていて、独自の宿泊様式を持っている国というのは。

——その一方で、原さんも訪れていた「雲仙観光ホテル」なんかは、ホテルではあるものの、その土地ならではの風土を守り続けているというか、合理性ではない思想が滲み出ている素晴らしいクラシックホテルだなと感じます。

雲仙にはそういうホテルがいくつかありますね。クラシックホテルというのは、明治以降に世界に対して観光を売っていくということで国策としてつくられたようなところが多くて、そのひとつが「雲仙観光ホテル」です。国の威信をかけているわけだから、サインひとつとっても、ものすごく手間をかけてつくっています。その素晴らしさは物理的なものだけではなくて、営みやサービスの水準がしっかり守られていて、そこがクラシックホテルの素晴らしいところだと思います。

——（雲仙が位置する）長崎は東洋と西洋の文化が混ざり合う場所であり、ホテルにおいてもやはり独自の空気があるようにも思います。

明治時代につくられた洋風建築というものは、日本が西洋をきちんと咀嚼しているということを示すためのロールモデルだったわけです。だけど、雲仙なんかは、西洋をかぎりなく咀嚼しているなかに、隠しようのない日本が滲み出ている。バーにしてもビリヤード場にしても、そこで行われるすべての要素が西洋を完璧にこなしていながら、やはりどこか滲み出てくる和の要素があるのが面白いところで、その感覚は非常にいとおしいなと思います。

——それこそが、ホテルの独自性を生んでいるわけですね。

観光業というものは、文化と文化が拮抗して生まれるものです。だから、純粋に洋風であるとか、和風であるということではなく、その中核にはその場所で生きる人々の「誇り」のようなものがあるのだと思います。「雲仙観光ホテル」の支配人にはきっと和の気概があるように感じますよね。そもそも、日本には西洋とは根本的に異なる美意識が根底にあります。ひとつは自然に対する畏敬の念。火山もあって、津波も台風も来る。そういう風土に住み着いた以上は自然という偉大な力をコントロールしようとは思わないわけです。そこにあるのはある種の無常感であり、覚悟です。そういう自然観を持っている。もうひとつが、茶の湯に代表されるような、なにもないことがかっこいいというような文化。そういう美意識は日本独自だと思うんです。

——若い人の間でもお茶のような文化は流行っているような気がしますし、実は私自身も最近お茶を始めてみたんです。でも、実際にやってみると、こういう文化をほんとうに継承していけるのだろうかという責任感を感じてしまうときもあります。

お茶の文化にしても、ただ畳の上でお茶を点てるというよりも、そこには「見立て」の文化があるわけですよね。なんの変哲もないものに価値を与えていくという点では、マルセル・デュシャンと同じことをやっているわけです。つまり、お茶を飲むことは口実に過ぎなくて、その見立ての面白さに、茶の湯の魅力があると思うんです。なにもないことが最高だという美意識が体現された床の間なんて、とても面白いじゃないですか。空間というのは、石をぽつりとテーブルの上に置くように、なにかを配することで生まれる緊張感のことだと僕は考えています。その象徴的な例が床の間だと思うんです。僕ももう20年近くお茶を習っているのですが、茶の所作ができるかどうかというよりも自分の場合はたとえば紙の上に文字を配するような感覚において、お茶から大いに影響を受けていると思います。

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——原さんは宿・土地という枠組みを超えて、日本の観光そのものについても再構築を行っておられるように感じます。これから日本の観光をどのようにデザインしていこうとお考えでしょうか？

ところで、あなたは十年後、数十年後の日本はどうなっていると考えていますか？

——少し前に佐世保に行ったのですが、初老の夫婦が営むすごく美味しい佐世保ラーメンのお店がありました。素晴らしい体験だったのですが、十年後、二十年後にこのお店が今と変わらずにあるかというと疑わしい、と感じました。十年後の日本を考えてみると、国の観光政策や産業構造の変化の影響で、観光業に従事する若者は一定いるかもしれませんが、本当の意味でその土地のテロワールを体現できる担い手は高齢化しているわけで、それらのすべてを承継できないとなると、やはりある程度地域性を反映した文化は消滅していくんじゃないかとも思います。

どんな日本になるんでしょうね。観光ホテルが林立する国になってしまったね、なんて言っているかもしれないし、それが良い方向に転んでくれたらいいなとは思いますが。

——いまも観光で成り立っているような国が世界各地にあると思うのですが、それらの国々ではどうなっているのでしょうか。それはそれで成立しているのか、あるいは蹂躙（じゅうりん）されてしまっているのか。

どうでしょうね。バルセロナなんかは典型的かもしれません。ガウディの建物を見たい人が世界中にいて、ものすごい集客力だからこそ、もうこれ以上人が来ると街の人の生活が大変になってしまう。ヴェニスもそうですね。情報が世界中に行き渡るほど、人が来てしまう。しかし、ヨーロッパの人たちは、観光で訪れた人たちには絶対に明け渡さないような領域を心の中に持っていて、だからバルセロナがバルセロナでなくなるということはないような感じがします。パリでも最近道路のコンクリートをやめて土や畑に戻すような動きがあるらしく、住人の意識が高いなあと感じました。そういうところから、日本の未来のために学べることはありそうですね。

——そうですね。ただ、観光地を見ていると、観光という産業が資本主義経済と相性がいいからこそ、どうしても支配・非支配の関係性を強化する装置として観光が機能していると感じることがあるんです。住民のための街から観光の街になっていくというか。その点については、いかがですか？

最近47年ぶりにギリシャのミコノス島に行きました。20歳でバックパックの旅行をしていたときに行った思い出の島で、当時は漁師の街でしたが、いまは大きな空港もできていて。到着してみると、街が竹下通りみたいなんです。建物の雰囲気は昔と変わらないんですが、ある種のパーティピープルたちが集まる島になっていて、衝撃的でした。どうやら島全体がAirbnbになっていて、住民たちは周囲の島に移住してしまったと。考えさせられるものがありました。

——京都を見ていても同じようなことを感じます。財政難ではあるが、観光客が来る以上は整備をしなければいけない。そのために税収を増やすには、街の容積率を高めて、高い建築を建てて、固定資産税や法人税を多く徴収するしかない。しかし、それは街の景観という観光資源が損なわれるので、中長期的にはいい手ではない。そのもどかしさを感じてしまいます。

もちろん、お金が稼げるかどうかは大事ですが、暮らしている人たちが誇りを持てるかどうか。観光でお金が稼げなくても、昔のままの方が幸せなこともあるわけで、やっぱり考えるべきは「誇り」でしょうか。しかも、いまは「遊動」の時代になって、どこでも仕事ができるし、旅行が非日常ではなくなることもあると思うんです。そうなると、高級な観光地だけじゃなく、もっとカジュアルに旅ができるような地域が求められる可能性もある。人々が移動することによって産業も動く。クリエイティブも動く。時代が変わってきたので、今後日本の観光がどうなっていくかは非常に気になりますね。

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——「遊動」の時代だということは私自身も感じています。一方、いまの時代に生きる人たちは地縁的なコミュニティから切り離されていることがほとんどだと思うのですが、そうなると暮らしの文化の独自性がどんどん失われていくんじゃないかとも考えてしまいます。ユーラシア大陸の真ん中あたりに今や広大な草原しか残っていないように、かつてここにいた遊牧民族たちの習俗や文化は「ハードウェア」に落とし込まれず、歴史に消えていってしまったように感じてしまうんです。

むしろ、文化が顕在化していくこともあると思うんですよ。最近は、ウズベキスタンあたりの上空を欧州便は通過するわけで、普段あまり意識しない地域だと思うんですが、そのあたりにもたくさんの人が住んでいて、風土がある。そういう個別文化は、中国やイタリアのような目立つ文化の影に隠れて、これまでほとんど注目されてはいなかったわけです。でも「遊動」というのはそういう文化が顕在化してくる世界だから、そういう場所に世界中から人々がやってきて、その文化を面白いと感じて対価を置いていく。それはある意味では健全な経済じゃないかとも思うんです。つまり、世界の文化を混ぜ合わせてグレーにするんじゃなくて、それぞれの特徴がビビッドに際立っていくことで世界全体が豊かになっていくのではないかと。

——なるほど。遊動することで、不可視化されていた文化が発見される、という視点はありませんでした。原さんは以前から「半島航空」という構想を提唱されていますよね。日本の半島から半島へ、飛行艇でめぐることで高解像度の日本を発見することができるというお考えですが、これも日本の観光において新しい可能性を感じさせる素晴らしいアイデアだと感じました。

「低空飛行」を始めた時に、スカイトレックというプライベートな航空機のサービスを利用していたんです。実際にプロペラ機に乗っていくつかの場所へ行ったのですが、日本列島は低空から見るととても面白いわけです。アメリカや中国なんかはずっと景色が変わらないですからね。日本ではその低空という領域が観光領域として手つかずのまま残っている。そこで考えたのが「半島航空」でした。海でも陸でも離発着できる飛行艇を使用すれば、空港が必要ないから、これまでの都市間移動とは異なる場所が注目されることになる。

——新しい観光の文化圏が生まれるというわけですね。

北前船（※江戸時代から明治時代にかけて活躍した、大阪と北海道を日本海まわりで結ぶ商船）というのが以前は存在していて、半島の先端を結んでいたわけですが、そこはかつて物と金、情報が集まるアンテナだったわけです。交通インフラの変化にともなって、今や過疎化しているところがほとんどですが、だからこそ昔ながらの日本の姿が保存されている場所でもある。それを空路でつなぐことでかつての半島文化が蘇ってくるかもしれないし、文化が根付いてた場所だからこそ、そこにホテルをつくることで地域を活性化することができるのではないかと。

——非常に希望が持てるお話を伺うことができました。では最後に、次の旅の予定地があれば、教えていただけますか？

実はあまり決めていないんですよね。「低空飛行」をはじめた頃はコロナ禍ということもあって毎月サイトを更新していましたが、いまは仕事での移動も復活してしまったので更新が3カ月に1回になりました。だからしばらく次の目的地のことを忘れてしまうんです（笑）。ですから、ここがいいですよというところがあれば、ぜひ教えてくださいね。

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