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旅とホテルのミニコラム:日常に旅の余韻とヒントを。
蓮の味 |角尾舞
2025.09.15
No.048

記憶に残るホテルや、旅先での体験、お土産、忘れられない味などなど・・・。旅にまつわるさまざまな思い出をほぼ毎日更新。本日は、デザインライターの角尾舞による、記憶に残る旅の味について。

小舟はゆっくりと、蓮の葉をかき分けながら進んだ。絵画のような色彩の花が、手の届く場所に咲いていた。


6月末の杭州は、あまりに暑かった。今年の東京の夏を凌駕する熱波と湿度で、街歩きなど到底無理だった。気温は37℃を指していた。


友人のデザイナーを訪れることに決めたのは今年5月に入ってからで、「夏の杭州は暑すぎるから来ない方がいいよ」と先に言われていたが、6月ならば大丈夫だろうと甘く見ていた。上海から高速鉄道で1時間ほどの距離にあり、世界遺産にも選ばれている西湖が有名な都市である。


なかなか行く機会もないだろうと家族も連れて行くことに決め、西湖とは異なる巨大な湿地公園の中の宿に泊まった。洒落たリゾートホテルだが、ほとんど英語が通じないので、拙すぎる中国語と翻訳アプリでがんばった。


敷地内を歩いていると、小舟が見えた。屋根付きの木製でなかなか情緒がある。「乗ってみる?」と子どもに聞いたら目が輝いたので、予約して乗せてもらった。

船頭さんの手漕ぎで、小舟はゆっくりと湖を進む。屋根で日陰になっているので暑くはなかったものの、置かれていたのがホットティーだったことに、中国文化を感じた。


橋の下をくぐり、樹々の脇を通り抜け、似た景色にやや退屈してきたあたりで、一面に蓮が咲き乱れた。まさかと思ったが、舟はその中に漕入った。


ふと船頭さんが湖の中へ向かって手を伸ばし、ごそごそと何やらしていた後に、大きな蓮の実を渡してくれた。見た目が少しこわくて面白がって撮影していたら、中国語で「食べてみて」とジェスチャーしながら言われた。何を?と思ったが、中のタネが食べられるらしい。躊躇していたが、どうにか聞き取れた内容が「甘いよ」だったので、おそるおそる、ほじくり出し、クリーム色のその種を食べてみた。マカダミアナッツよりもほのかに甘く、しっとりとしていた。

帰り道は気に入って、わたしも子どももポリポリと蓮の種を食べながら、お茶を飲んだ。カモだと思った水鳥は、カイツブリだと教えてくれた。あの蓮は中国語では「荷(フエ)」と呼ぶことも。4歳の子は、皿にも乗っていないあの味をすぐに忘れてしまうだろうから、わたしはいつまでも覚えていたい。

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角尾舞
角尾舞
デザインライター
伝えるべきことをよどみなく伝えるための表現を探りながら、コピーライティングや展覧会の構成等を手がけている。慶應義塾大学 環境情報学部卒業後、メーカー勤務を経て、山中俊治のアシスタントを務める。その後、スコットランドに滞在し、17年10月よりフリーランス。
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