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旅とホテルのミニコラム:日常に旅の余韻とヒントを。
クレープ失格|九月
2025.09.26
No.054

記憶に残るホテルや、旅先での体験、お土産、忘れられない味などなど・・・。旅にまつわるさまざまな思い出をほぼ毎日更新。本日は、芸人の九月による、記憶に残る旅先の味について。

今年の夏、縁あって太宰治記念館、斜陽館にてコントライブを行った。青森県に生まれ、太宰治を敬愛する僕にとって、かつてなく大きな出来事だった。今後の芸人人生で、自分がどれだけ多くのステージでコントをしていくかはわからない。しかし、「斜陽館」より驚くべき場所でライブすることは、もう二度とないだろう。

斜陽館の住所は「五所川原市」だが、個人的には合併前の「金木町」がしっくり来る。だからしつこく金木町と書こうと思う。


この金木町には青森ローカルのコンビニチェーンである「オレンジハート」がある。僕の知る限り、金木町と六戸町に数店舗が存在していて、いずれも本気でアクセスしようと思わないとたどり着けないような場所にある。ごくごく地元の人のためのコンビニと言えよう。

オレンジハートは、ローソンやセブンイレブンのように24時間やっているということもないし、便利な代行サービスの諸々を完備している感じもない。「コンビニエンスストア」というには、少しコンビニエンスが足りないかもしれない。しかし、オレンジハートには有無を言わさぬ明確な強みがある。お弁当やサンドウィッチなど、オリジナルの食べ物がどれもこれもおいしいのだ。地域密着コンビニの面目躍如である。


中でも静かな名物「中に何も入ってないクレープ」を紹介したい。僕はこれがどうにも好きだ。クレープの皮があって、薄くクリームが塗られているだけで、それ以外には何もない。あるべき果物やチョコソースがない。持ち帰ったあとで、上から果物やアイスクリームを添えて食べる人もいるという。

僕はなにせ、この商品の商品名が好きなのだ。自分が簡素なクレープであることを謝っているような、開き直っているような文面がたまらない。なんだか太宰治の作品群のトーンを引き継いでいるような匂いもある。いわば「クレープ失格」のような。


しかし、食べればわかる。これがクレープ失格ということはない。こいつを食べると、口の中に楽しい旨味と、静かな優しさが広がってくる。そういえば、太宰作品のうちいくつかには、そういう後味がある。僕もいつか。そう思いをあらたにするクレープであった。

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九月
九月
芸人
主にコント。全国各地で精力的にライブ活動を行う。依頼に応じてエッセイの執筆も行なっており、著書にエッセイ集『走る道化、浮かぶ日常』(祥伝社)がある。
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