記憶に残るホテルや、旅先での体験、お土産、忘れられない味などなど・・・。旅にまつわるさまざまな思い出をほぼ毎日更新。本日は、企画と編集を生業とする奈雲政人による、忘れられない旅について。

当時34歳、初めてのスイス。ハイジのような景色を前に、電車の窓辺でちょっとしたおつまみをかじりながらビールを飲んでいる自分が、自分のように思えなかった。
なぜならば、建築系大学生時代、海外旅行という選択肢が自分にはなかったからだ。一方で、他の建築学生はよく海外へ行き、建築の勉強をする。周りのレポートを聞くたびに、逆に遠のく精神的距離。ミースのファンズワース邸、コルビジェのサヴォア邸、ライトの落水荘。それら王道のスポットと並び、ピーター・ズントーの、テルメ・ヴァルスは建築学生の中で語られた。ズントーの最高傑作であり、最高のスパ。らしい。
しかし、ピーター・ズントーの良さは、正直分かりづらい。シンプルな構成に、スイス建築ならではの素材の合わせ方。添えられた、哲学的な言葉。地味で滋味。OMAのダイナミックなダイアグラム的建築に憧れを抱いていた当時の自分からすると、より。
ただ、今思えばそんな否定的な物言いは、好きの裏返しだったのかもしれない。チューリッヒから移動すること3時間。最寄りのバス停を降り、ホテルへ続く長い階段の一歩目で...そう感じた。階段全てが、これから現れるであろう建築で使われるGneis(片麻岩)で、同じようにギッチリとした密度で積層されてつくられたのだ。まだ先の、建物は見えない。あ、これはすごいぞと、鳥肌が立ったのを覚えている。関係がないと思っていた友人等のレポート等が、急に回収された瞬間だった。行きたいと思うことから、旅は始まっていたのだ。
その先にあるスパや併設されたホテルの細かな魅力をわざわざ自分が語る必要はないだろう。ホテルに泊まれば、夜遅くまでスパに入れて、素敵なレストランがある楽園だ。しかし、浮かれた自分は、なぜかルームサービスを頼み、お酒を飲みすぎ、すやすやと早く寝てしまった……。これもまた、良い旅だと言い聞かせて帰ったのだった。

チューリッヒ駅。人と人の距離感の違いをみて、非日常を感じる。

既に浮かれた電車内酒場。窓際特等席。

ホテルの部屋からの景色。ハイジの世界は存在した。

アプローチで確信する。

階段の先に、塊が。

夢のようなスパ。内部は撮影禁止なので、外からこっそり。

ルームサービスは欲望を掻き立てる魔物。
