記憶に残るホテルや、旅先での体験、お土産、忘れられない味などなど・・・。旅にまつわるさまざまな思い出をほぼ毎日更新。本日は、デザインライターの角尾舞による、忘れられないホテルについて。
旅とホテルのミニコラム:日常に旅の余韻とヒントを。
運河で眠った日々 |角尾舞
2025.09.13
No.046
数日間、水の上で眠った。身体が記憶したのは、運河の穏やかなゆらめきだった。
もう10年近く前になるが、スコットランド・エジンバラへの引っ越しが決まったとき、わたしたちが一番に調べたのは「我が家の愛犬にとって最適な渡航方法」だった。簡単なのは、日本からイギリスまでの直行便に乗せること。しかしわたしは、犬を貨物室に預けず、飼い主と片時も離れずにいられる方法を調べた。結論は、オランダ・アムステルダムに一度渡り、そこでEU圏のペットパスポートを取得して(当時はBrexit前だった)、船でイギリスに渡るという方法だった。
夫は先にスコットランドへと向かい、わたしは犬とともにKLMでスキポール空港に降り立った。簡単すぎる検疫のあと、タクシーに乗り込み、数日間泊まる宿に向かった。
着いた先は、小さなハウスボート。アムステルダムの運河の上に浮かぶコンテナのような船だった。数日間、犬を受け入れてくれて、さらに予算に収まる宿は当時ほとんど見つからず、Airbnbでそこを選んだ。
川沿いの道から船へ入るための階段を下り、重いドアを開けると、ベッドが窓際にあるだけの簡素な部屋が現れた。コンパクトなホテルと見かけはあまり変わらないが、唯一異なるのは、歩くたびに静かに揺れるところだった。ベッドサイドに腰掛けると、窓の外には光る水が見える。そわそわ動き回る犬とともに、白いシーツの上でただ外を眺めた。犬と二人でボート暮らしという小さな非日常は、なんだか少し笑えた。
次の日の朝目覚めて散歩に出かけると、身体がふわふわと揺れる感覚があるのに気づいた。飲みすぎたのとも、めまいとも違う浮遊感。海の浅瀬で波に揉まれて遊びすぎた、子供の頃の記憶に近いかもしれない。水のゆらめきを思い出したくなったら、あそこに帰ればいい。

角尾舞
デザインライター
伝えるべきことをよどみなく伝えるための表現を探りながら、コピーライティングや展覧会の構成等を手がけている。慶應義塾大学 環境情報学部卒業後、メーカー勤務を経て、山中俊治のアシスタントを務める。その後、スコットランドに滞在し、17年10月よりフリーランス。
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