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旅とホテルのミニコラム:日常に旅の余韻とヒントを。
五色のブルー|苔
2025.11.12
No.073

記憶に残るホテルや、旅先での体験、お土産、忘れられない味などなど・・・。旅にまつわるさまざまな思い出をほぼ毎日更新。本日は、クィアギャル見込みの苔による、忘れられないホテルについて。

絶対に早起きをしたくないわたしが早起きしたくなる宿は、いい宿だと認めざるをえない。


気持ちのいい朝の露天風呂がありますよなどと囁かれても、わたしはギリギリまで寝続けてすんでのところで体を引きずるようにして布団から這い出る人間である。そのせいで、美しい朝との出会いを何度も逃してきた。


そんなわたしに、早起きをさせた宿がある。福島県は裏磐梯の湖のほとり、緑に囲まれたその宿は名前を「猫魔離宮」という。ホテルの近くには五色沼という5つの小さな湖があって、数分歩いたところにそれらを見物できる遊歩道が完備されている。五色沼という名前の通り、それぞれの沼がエメラルドグリーン、コバルトブルー、ターコイズブルーなどに見えるとのことだが、天気や時間帯などによっても見え方が変わるらしい。


着いた日の昼に五色沼を見物したものの、その時は分厚い雲が立ち込めて光が届かず、お得意のブルーも本領発揮をし損ねていたようだった。夜には雨さえ降り始めてきて、これじゃあ僕の気持ちがブルーだよ、と不意に浮かんできたダジャレがつまらなすぎて泣きそうだった。


翌朝7時。閉め切ったカーテンが作り出す暗い長方形の輪郭を浮かび上がらせるように、四辺から淡い光が漏れ出ているのがわかった。カーテンを開く。空の青さに思わず部屋を飛び出した。夢に見た青色を求めて、遊歩道へと足を向かわせる。9月にしては肌寒い朝の空気は、自分の体と外界の境界線をより明確にしてくれる心地良さがあった。爽やかな冷気を吸い込むと肺が新鮮な空気で満たされて、肺の形がわかるようだ。


遊歩道を進む。風が吹くたびに木々の緑たちがゆれ、きらめくような木漏れ日を遊歩道に落としては、二度と同じ形には戻ることはない。たどり着いた先にあった沼は、想像していた青よりもずっと手の込んだ青だった。光が差し込んで、湖の奥底からさまざまな青が押し寄せてくる。その青色は、風に揺れた瞬間にはもうその色ではなくなって、また別の青色となってみせる。その移ろいをぼんやりと眺める時間が何よりも豊かで、二度と同じにはならないことが何よりも贅沢だった。

これまでわたしが見逃してきた朝の美しさを、今さら必死に想像してみる。それなりに美しい景色がいくつか想像できたけれど、それらは決してわたしの想像を超えてくれることはない。

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苔
クィアギャル見込み
「今の社会では話せる場所が少ない、けれども私たちにとっては重要なこと」をテーマに、執筆活動やおしゃべりを行う。ブログ執筆や各種媒体への寄稿、Xのスペース「ウチらのサイゼ会」主催。
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ノート |長瀬勝彦
長瀬勝彦
HOTEL 2YL ATAMI、1999/hotelオーナー
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