記憶に残るホテルや、旅先での体験、お土産、忘れられない味などなど・・・。旅にまつわるさまざまな思い出をほぼ毎日更新。本日は、REPORT SASEBO 理事・大丸勇気による、忘れられないホテルについて。

私の旅路を決定づけるもの。それは、時に宿の「屋号」に他なりません。「small house big door」──この得も言われぬ響きに出会った瞬間、私の旅の好奇心は、まさに"美しき衝動"に駆られました。もはや理屈ではない。ジャケ買いならぬ「屋号買い」とでも言うのでしょうか。この直感に従い、私はソウルへの航空券と、この宿の予約を迷うことなく手に入れたのです。2017年のその日から、私の韓国旅は、コロナ禍が世界を覆うまで、この宿と共にありました。
ソウル屈指の超繁華街、乙支路(ウルチロ)。その喧騒が渦巻く中に、突如として現れる静寂な裏路地。まさに"隠れ家"という言葉がぴたりと当てはまります。見つけにくい?いいえ、それこそが、これから始まる特別な物語へのプロローグでした。一歩足を踏み入れれば、そこに広がるのは、リノベーションが生み出した、無骨さの極みと繊細な美意識が絶妙に溶け合う空間。打ちっぱなしのコンクリート壁は、まるで現代アートのキャンバスのようです。ラフに配慮された照明が、その無機質な素材に温かい命を吹き込み、「small house big door」という名が示す通り、小さな空間に無限の可能性が広がっていることを、全身で感じさせてくれました。
この宿のチェックインは、単なる手続きではありませんでした。ゲストへの"おもてなし"が形になった、ある種のアート体験でした。長旅の疲れを優しく包み込む、一口サイズのオリジナルスコーン。そして、耳慣れないウィーンという音と共に、目の前の3Dプリンターが作り出す、世界にたった一つ、私だけのルームキーホルダー。これには、心底から感動しました。これは鍵ではありません。この「small house big door」という宿との、特別な絆を結ぶ記念碑だったのです。
客室もまたこの宿の哲学が凝縮された空間でした。必要最低限に削ぎ落とされたミニマルなデザインは、決して冷たい印象を与えません。むしろ、温かい照明と木製の家具が、旅人の心を解き放つような心地よさを生み出していました。活気に満ちた乙支路の街中にありながら、一歩宿に戻れば、そこには静寂と安らぎの時間が流れる。このコントラストこそが、「small house big door」を私の記憶に深く、深く刻み込んだ理由に他なりません。

この路地の奥に、あの屋号「small house big door」のホテルが。はじめて訪れた時、見つけにくい隠れ家感が、これから始まる滞在への期待感をさらに高めてくれました。

デザイン性が高く、夜はバーとしても賑わっていたカフェスペース。コンクリート壁のアートや、ユニークな照明が随所に配され、どこを切り取っても絵になる空間でした。

超繁華街の喧騒を忘れさせてくれる、無骨さと温かみが共存するロビー兼カフェスペース。チェックイン時にいただいた、とびきり美味しいオリジナルスコーンを片手に、旅のプランを練る至福のひとときでした。

無機質なコンクリートの壁のアート作品。こののち、同じく建築中の現場で撮られたHOTEL SHE, OSAKAのキービジュアルと出会った際、当然にここを追想したのは言うまでもありません。

ミニマルながらも、随所に温かみと機能性が光る客室。無駄を削ぎ落とした空間だからこそ、旅の荷物や、その日出会った景色や体験が、より一層際立って感じられました。
