記憶に残るホテルや、旅先での体験、お土産、忘れられない味などなど・・・。旅にまつわるさまざまな思い出をほぼ毎日更新。本日は、『RiCE』副編集長の成田峻平による、旅先での過ごし方について。

旅先で会う人と関係性を深めるうえで、カラオケに行くことがよくある。奇遇にもそれが仕事に還元されている。
昨年発売された台湾特集では、台北ロケ中に訪問したギャラリーで仲良くなったフォトグラファーの友達7〜8人で遅くまでカラオケをした。「PARTY WORLD」という店名から好きだった。台湾ローカルたちのビールの飲み方がユニークだったり、提供される牛肉麺がやけに美味しく、その模様をライブ感たっぷり誌面にさせてもらった。

次号焼酎特集では八丈島の焼酎文化をレポートするという企画があり、『情け嶋』などの銘柄で知られる「八丈興発」小宮山善友さんナビゲートのもとスナックを三軒ホッピング。非常に濃い夜を過ごした。
大手メーカーの焼酎なんて一つもない。島で蒸留された焼酎がずらりとボトルキープされている様子は壮観だった。基本的には水割りで、身体に馴染ませるようにすいすい飲む。ピースサインをきめてくれたスナックのママの写真が島時間を克明にうつした一枚で、贅沢にも裁ち落としでページを作った。

土地の水や空気と響き合っているからだろうか、飽きずに杯を重ねてしまう。八丈島の名スナック[ぶら坊]にて。 Photo by Masahiro Shimazaki
4月売りの京都特集はかなり気合が入っていて、約一ヶ月半住み込み滞在型で制作をした。連日京都でお会いした酒場の先輩たちと杯を重ね、時間が深くなればスナックで合唱し、そこで聞きつけたローカル情報をもとに企画を編んでいった。特集の成否を握っていたのは間違いなくスナックの時間だったから、当然掲載させてもらって愛すべきページが出来上がった。

大宮で飲んでいると気づいたらここに漂着していた。京子ママありがとう。 Photo by Yuki Nasuno
ということで昨年12月〜今年の4月にかけて刊行されたRiCEには不思議と誰かしら、というか僕がカラオケしているページがあり、コアな読者や同僚の編集部員さえ気づいていないと思うが「カラオケ三部作」という奇跡の(!?)構成になっている。

左から『台湾』『焼酎』『京都』特集、これがカラオケ三部作である。
話は変わるが、今年の夏は出張でポーランドの古都クラクフにいた。現地に滞在している中で印象的だったエピソードを書きたい。この日は言葉通り朝から晩まで撮影という長い1日を過ごし、最後のレストラン取材を終えて22時過ぎに解散となった。一度ホテルに戻って支度をしてから夜の街へ戻る。目をつけていた老舗の酒場と、遅い時間でも盛り上がっていたバーをハシゴして25時過ぎ。平日の夜だったので、この時間になると営業しているお店も急に少なくなる。
クラブだね妥当な線として、ということでいくつかドアを開けたものの、全く人がいない。みんな一体どこで飲んでいるのだろうか。街を彷徨っているとカラオケができるバーがあって、ここに若者たちがたむろしていた。カラオケエディターの血が騒いでくる。


ウォッカを何杯か飲んでスイッチをオンにする。拙い英語ながらなんとかその場に馴染んで、意を決して曲をリクエストした。自分が英語で歌える数少ない曲のなかで、トーキング・ヘッズの「サイコキラー」に決めた。言い回しがシンプルで、「ファファファファファファファファ」みたいな歌詞なので、なんとか乗り切れると思ったのだ。
少し仲良くなった男の子が曲を入れてくれた。曲名を伝えたところ「いいじゃんいいじゃん」みたいな反応であり、「なんとかなる」は「いける」という確信に変わった。心の中にデヴィッド・バーンを召喚し、魂を込めて歌い出すーーーしかしこれが大いにスベった。店の熱気が急速に冷めていく。空気の冷たさというのは、特定の言語に精通しなくても手に取るようにわかるのだ。
ということで二回目くらいの「ファファファファファファファファ」のタイミングで演奏停止を押したくなったが、現地のカラオケシステムを理解していないので最後までいくしかない。後方の席で手を繋いでいい感じだったカップルに、空気を壊したことを心の中で侘びながらやっとこさ歌いきる。しらけた空気から逃げるように店を出る。わたしはポーランドまで来て一体何をやっているんだ?

旅先で出会った曲でプレイリストをつくることにしている。カフェやバーでかかっていて耳に残った曲、この街の空気と抜群に合っているなと感じた曲、好きな人と一緒にいる時に流れていた曲。ここまでは比較的耳馴染みのいい曲なのだが、カラオケで誰かが歌ったJ-POPなども嬉々として入ってくるので、最終的に統一感が全くない謎のプレイリストが完成している。国もジャンルもテンポもめちゃくちゃで全く整合性がとれていない。でも自分だけしか理解できないような愛すべき曲の順序には、色んな記憶がごちゃ混ぜで詰め込まれている。旅には必ず終わりがあるが、音楽を聴けばいつでも帰れる。いつまでも忘れたくない、忘れられないあの時間に帰れるのだ。
今回のトーキング・ヘッズは可能なら忘れたい思い出なのでプレイリストには加えなかった。でもこういう曲こそ心のベストテンには否応なく刻まれていて、いつかのリベンジをこっそりと誓っている。
