記憶に残るホテルや、旅先での体験、お土産、忘れられない味などなど・・・。旅にまつわるさまざまな思い出をほぼ毎日更新。本日は、REPORT SASEBO 理事・大丸勇気による、思い出に残る旅のひと皿について。

旅先での食事、殊に朝食というものは、その土地の文化や気候、人々の営みを如実に映し出すものだと、私なりに考えてたりしております。ソウルという都市において、その食の選択肢は多岐にわたり、時に迷いを生じさせるほどですが、そんな中私の旅程に必ず組み込まれている「朝のルーティン」とでも呼ぶべき時間。
それが、武橋洞(ムギョドン)の、何気ない路地裏に、長きにわたり静かに佇んでいる「武橋洞プゴグッチッ」さん。初めてこの店の暖簾をくぐった際、その特別な装飾のない、しかし地元の方々で満ちる光景に、何か本質的なものが潜んでいる、という予感めいたものを覚えたものです。
供される熱々のプゴク(干しタラのスープ)は、一見するとただの白い液体に見えるかもしれません。しかし、その一口目には、干しタラが持つ、優しくも奥深い滋味がじんわりと広がり、胃の腑に染み渡る感覚が齎されます。卓上に配されたアミの塩辛や特製の辛味噌を加え、自分なりの「黄金比」を追求する過程も、また一興かと。そして、温かいご飯をスープに浸し、卵黄をそっと落として混ぜるという、あの所作。あれもまた、この店ならではの流儀、とでも言うべきでしょうか。気づけば、無心でレンゲを動かしている自分がそこにいる、というのも、また不思議なものです。
実は、韓国への旅立ちを控えた知人には欠かさずに、もし朝食に迷うことがあれば、武橋洞のあの場所へ一度足を運んでみるべきと、伝えてます。そして、彼らから感謝の言葉を貰わなかったことは一度たりともございません。
旅の記憶というものは、雄大な景色や、華やかなイベントでなく、このような「ひと皿」によって、より深く刻まれるものなのかもしれません。

早朝から、この扉の向こうに、多くの人々が吸い込まれていく光景を目にすることがございます。一見すると、ごく普通の食堂に見えるかもしれませんね。しかし、その奥には、旅の疲れを癒す、ある種の「秘密」が隠されている、のかもしれません。

人々の熱気。このプゴクが持つ、奥ゆかしさ故なのでしょうか。この場所は、単なる飲食店、というだけでは語れない、何かがある、と私は感じています。

老若男女問わず、誰もがただひたすらに、あのスープを味わう。この光景を目にするたび、私の中で、この店の持つ普遍的な魅力について、静かに考察を巡らせてしまうのです。

ここに並ぶすべてが、プゴクの完成度を高めるための、緻密な計画の一環、とでも言うべきでしょうか。特に、ご飯をスープに浸すという、あの食べ方は、この店の哲学を体現している、のかもしれません。
