「ひとともり」という屋号で建築家としてホテルなどの設計にも数多く携わり、自身の手がける「宿 一灯」の宿主でもある長坂純明さんによるホテル紹介連載。「ライフスタイルホテルとホテルライクな住まいの狭間でホテルをどう設計するか」という視点で、全6回、国内外のホテルに関するコラムを執筆していただきます。2回目は、スリランカにある名建築家、ジェフリー・バワが手がけた「Heritance Kandalama」について。
「Heritance Kandalama」こと、通称「カンダラマホテル」は、スリランカの自然に溶け込むように建てられた、独特な魅力を持つホテルです。舗装されていない森の中の道を抜けると、ランドスケープと建築がシームレスに繋がる大きな階段と受付カウンターが出迎えてくれます。黒い肌に白い制服を身にまとったスタッフからスリランカの気品が感じられます。
無垢の木で作られた受付カウンターや、背面に手描きの模様が施された壁は、スリランカ固有の美しさを醸し出しています。特筆すべきは、艶のある黒い床です。周囲の緑と自然光を反射し、カンダラマホテルの世界に誘い入れてくれます。
受付を済ませると、岩と建築が融合したトンネルのような暗い廊下を抜け、明るいロビーへと導かれます。豊かな空間には明暗のコントラストが重要なのだと教えてくれます。
ロビーのテラスでは、ウェルカムドリンクが提供され、その先にはプールが広がっています。驚くべきは、テラスとプールの間の緑地が雑草の生えたままの土であることです。通常、メインスペースでは手入れされた庭が作られますが、ここでは自然のままの状態が維持されています。自然を再編集して庭を作るのではなく、ここではありのままの自然を表現しているので、わざわざ庭を作らないで岩と雑草で自然を表現しているのです。ほっぽらかしで良い。
振り返ると、建築の外装が見えます。コンクリートにシンプルな塗装が施されているものの、建築が前面に出ないように巧みに黒と緑の塗装を使い分けコントロールされています。
バルコニーを支える柱は、通常の太い柱ではなく、細い柱2本に分けられています。これにより、樹木のスケールに近づけることで、建築が自然と調和しているのです。このように、カンダラマホテルは謙虚さを持って自然に寄り添うような建築を実践しています。
各客室へは外部廊下を歩いてアクセスします。この廊下は、まるで森の中の回廊のように幅広く、日差しの量をコントロールするために設計されたのだと感じます。
客室はまた格別で、程よいサイズの寝室やプランターボックスの付いたバルコニーから植木越しに自然光が差し込みます。機能的な洗面所にはハリウッドランプが備えられ、シンプルな白と黒のタイルなど全ての素材や形状が正しく設計されています。その正しさはリネン、クッション、アートワーク、メモ帳に至るまで、細部にわたって徹底されたフィロソフィーを感じます。しかしその全ては何一つ奇を衒っていないのです。
「カンダラマホテル」は、ライフスタイルホテルと呼ぶには異なるかもしれませんが、建築の正しい要素が至る所に詰まっています。「正しく古いものは永遠に新しい」という言葉と共に、私にとってこのホテルは、建築の先生として多くのことを教えてくれる存在です。これから何度、先生に教えを乞いに行けるのだろうか。